深田 上 免田 岡原 須恵

ヨケマン談義7. 人吉球磨地方の自然

7-1. ツクシイバラ

 「こんどはどこにしましょう」と、編集部のHさんがいうので、
・・・こんどは気分を変えて南へ行きたいと思った。 ・・・「いっそう、肥後から山超えて薩摩に入りましょう、途中、日本でもっとも豊かな隠れ里だったといわれる人吉を通って」というと、やがてHさんは南九州の大きな地図をもってきて私の前にひろげた。私はかねてそこを通ってみたいとおもっていたところへ赤マルを入れたり線を引いたりした。それが、とりあえず名づけた「肥薩の道」である・・・

 これは、『竜馬がゆく』や『国盗り物語』、『坂の上の雲』など多くの歴史小説を書かれた司馬 遼太郎さんの「街道をゆく3」・「肥薩のみち」の中の一節である。
傍線部分(太字)が人吉球磨地方の日本遺産認定申請時のキャッチフレーズである。認定後のロゴマークは、図1のような「日本でもっとも豊かな隠れ里‐人吉球磨」となった。
長い文章をわざわざ掲載したのは、司馬 遼太郎さんは、人吉球磨地方が今でも、日本でもっとも豊か隠れ里、と言っているわけではないことを明らかにしたかったからである。昔はそうだった、と書いているのである。

日本でもっとも豊かな隠れ里だった人吉球磨地方
隠れ里 遺跡数
図1. 「日本でもっとも豊かな隠れ里人吉球磨」ロゴマーク 出典:日本遺産人吉球磨公式サイト
図2. 九州における縄文時代遺跡の分布 出典:「縄文人は肥薩線に乗って」

 図2は、九州における縄文時代の遺跡分布である。この図から明らかなように、佐賀や大分、それに鹿児島などの湾岸などではない内陸部の人吉球磨地方は約3万年前の旧石器時代後期や縄文時代の昔から、火山災害が少なく、住みよく、人が集まる豊かな盆地であった。しかし、現在はどうか、おそらく、昔も今も変わらないのは市房山や白髪岳の姿だけで、里の生き物は絶滅危惧の域にある。
今回から、人吉球磨地方の自然の最も豊かな隠れ里時代への回帰を願い、人吉球磨の自然を紹介する。ここで掲載する写真は、断りのない限り、「環境省レッドリスト2015植物版」からの引用である。

 人吉球磨盆地が、日本でもっとも豊かな隠れ里であった時代には、これらの植物や魚は、深山に入らずとも山の麓や川でも容易に見ることができた。しかし、今では環境が変化し、物の豊かさと引き換えに絶滅が危惧されている植物や生物がある。この絶滅危惧種というのは、絶滅の危機にある生物種のことで、絶滅の危惧が予想されると、それを防ぐために、生息環境の保全や人間(環境省)の直接介入による保護活動がなされる。図(写真)の説明文の中に、絶滅危惧種「UV」とあるのは、危惧の度合いを示す記号で、「UV」は絶滅の危険が増大している種であることを示す。ちなみに、絶滅した種は「EX」、飼育や栽培でのみ存続している種は「EW」、絶滅の危機に瀕している種は「CR+EN」である。初めに、人吉球磨地方だけで生育している貴重な植物や生き物から紹介し、次いで当地方の絶滅危惧種の繁茂時代を回想し、いかに人吉球磨盆地の自然も豊かであったかを紹介する。

<ツクシイバラ>
ツクシイバラ ツクシイバラ
図3. ツクシイバラ 熊本県の絶滅危惧種(UV)    出典:錦町HP

 図3はツクシイバラである。この花が群生している球磨郡錦町のホームページには以下のような説明がある。「九州を意味するつくし(筑紫)とイバラを合わせた名前で、南九州独特の野イバラの意味。発見当初より非常に稀な植物であると報告されており、発見場所である球磨郡あさぎり町上から下流側の球磨川河川では、迷惑なほど咲き誇った時期もあった。しかし、バラ栽培の土台として野生種のツクシイバラが適していたため、盗掘や河川環境の変化に伴いほとんど見る事が出来なくなった。植物学者の前原 勘次郎氏(元人吉高校教諭)が1917年6月9日に、現在のあさぎり町上地区にて「ツクシサクラバラ」として標本を採取し、東京大学の植物学者である小泉 源一氏の元に送った・・・」

 このように、何人かの専門家の協力によって現在の名前がついたそうである。高さは2m位で、葉は細かい鋸歯、花期は5~6月で、秋に果実が赤く熟す。野原や草原、道端や河川敷など、刈り込まれても直ぐ萌芽し生命力は強大である。北海道から九州までと、朝鮮半島にも分布しているそうである。であればこの花も、後ほど述べるリュウキンカと同じく朝鮮半島からの渡来なのだろうか。

群生地

 

 ツクシイバラの群生場所へ行くには、219号線で錦町役場の前のイスミ交差点を一武駅方面に向かいくま川鉄道の踏切を越えると球磨川にかかる球磨大橋に達する。その橋の南詰めを右折し、堤防道路を東へ500mほど進んだあたりの河川敷が群生地である。花見に際して、この花は先ほど述べた絶滅危惧種(UV)であり、絶滅の危険が増大している種であることを念頭においていただきたいものである。(地図出典:Google)

 

 

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