11-28. ツバナ(チガヤ)
ツバナがおやつ?と思われる方があるかも知れないないが、お腹を満たすような食べ物ではなく、道端を歩きながらのつまみ食いした草である。多良木のペンネーム百太郎さんから、百太郎の土手でツバナを抜いては食べていた頃の話をしていただいたが、たぶん、多くの方が経験されたことだろう。
ツバナ(図1)は、万葉集では「茅花:ちばな」と書いて「つばな」と読ませている。ツバナは、イ ネ科の多年草で、野原や川の土手、道端などに広く群生する。春先槍のように細い鞘に花穂を包むが、この膨らんだ若い花穂を茅花(つばな・ちばな)という。
図1. ツバナ(チガヤ) |
初夏、この鞘をほどき銀色の美しい穂をなびかせる。ツバナの部分の穂には、 微かな甘みがあることから、昔から子供のおやつとして食べられてきた。
実は、子供のオヤツばかりではなかった。奈良時代、万葉集が編纂されたころでもツバナが食べられていた。そんな歌が万葉集の恋歌(相聞)の中にある。
原文:「 戯奴 之為 吾手母須麻尓 春野尓 抜流茅花曽 御食而肥座 」
作者: 紀女郎(きのいらつめ) 万葉集 巻8-1460 春相聞
よみ:「戯奴(わけ)がため 我が手もすまに 春の野に
抜ける茅花(つばな)ぞ 食(め)して肥えませ」
歌の意味は、「そなたのために 私が手を休めずに 春の野で抜き取った 茅花(つばな)ですよ。これをたんと召し上がってお太りなさい」。この紀女郎(きのいらつめ)という人は、大伴家持(おおとものやかもち)の先輩の奥さんである。家持より年長の女性で、家持の体形を気遣うなど、気のおけない間柄だったようである。これに対して、大伴家持の返歌がこれである。
原文: 「吾君尓 戯奴者戀良思 給有 茅花手雖喫 弥痩尓夜須」
作者: 大伴家持(おおとものやかもち) 万葉集 巻8-1462
よみ: 我(あ)が君に、戯奴(わけ)は恋(こ)ふらし、賜(たば)りたる、茅花(つばな)を
食(は)めど、いや痩(や)せに痩(や)す
歌の意味は、 あなたに 私は恋をしているようです。いただいた 茅花(つばな)を食べても、ますます痩(や)せてしまうのです。
どうやら、家持(やかもち)は痩せ型だったことが、二つの歌から想像できる。私が一向に太らないのは貴女に恋煩(こいわずら)いしているせい、と面白おかしく切り返した家持である。このように、万葉集の奈良時代にも、ツバナは食べられていたことがわかるが、ツバナでは、いくら食べても太らないと思うのだが、昔のツバナは栄養価が高かったのだろうか、紀女郎(きのいらつめ)さんに聞いてみたい。